ヴィラ・カイズ行政地区にあるキンタス・デ・カイズはヴィーニョ・ヴェルデのサブリジョンであるアマランテに位置します。アルヴァリーニョ、アザール、アヴェッソ、ロウレイロ、トレイシャドゥーラ、フェルナォン、ピレスやアリントなどのブドウ品種がそこでは植わっています。標高が高く寒暖差があり、加えて粘土性花崗岩質土壌で水はけがよく日照量が高いので肥えた土壌が特徴的です。醸造家のアントニオ・デ・ソウサ氏の下、現代的な技術を取り入れたワイン造りはヴィーニョ・ヴェルデの上質の「カイーズ(斜面の意)」シリーズを造り上げます。
ポルトガルの北西部ミーニョ地方の一部であるヴィーニョ・ヴェルデの栽培面積は70,000ヘクタールを占め、ドウロとミーニョというゾーンとしてポルトガルの北西に広がります。1908年に地区が設置された、ポルトガルのワイン産地の中でも最も古い地域です。ヴィーニョ・ヴェルデには様々な独自性があり、それが評価されてきました。白ワインに見られる針のようなシャープさや酸、赤ワインの渋みは、ヴィーニョ・ヴェルデのワインとしての特別さを与えます。数世代の技術革新を経て、今日世界的に評価される高品質ワインが造り上げられたのです。
世界のTOPソムリエや評論家、マスター・オブ・ワイン達がギリシャ最高峰の造り手として認める「キリ・ヤーニ」。そのルーツは1879年からワイン造りを行ってきた老舗ワイナリー「ブタリ・ワイン」にあります。「ブタリ・ワイン」は、当時アンフォラを使用しワインが保管されていたギリシャにおいて、最初にガラス製の瓶で瓶詰めを行い、現代ギリシャワインの幕開けともいえる功績を残した名門ワイナリーです。
ジャンシス・ロビンソン(MW)氏をはじめ、ギリシャ人MWであるKonstantinos Lazarakis氏や、日本在住の日本人としてはただ一人のMWである大橋健一氏をはじめ、多くのMWがその品質を高く認め最も推薦する、ギリシャ最高峰のワイナリーの一つとして知られています。
※マスター・オブ・ワイン(MW)
現在、有資格者は世界で僅か340名程。ロンドンに本部を置く、ワイン業界最高峰の資格制度です。大橋氏は2015年にMWに認定されました。
そんなモン・ペラを生み出す前身となったのは、先代のジャン・ルイ・デスパーニュ氏。型破りで知られる彼は、アメリカ大陸でヒッチハイクの旅をしつつ現地のワイナリーで仕事をしながら生計を立てていました。そんな中、オーパス・ワンを生み出したロバート・モンダヴィ氏と出会います。ここで覚えたカルフォルニアの最新のワイン造りをボルドーに戻り導入。例えばステンレスタンクを右岸の生産者としては初じめて取り入れ、その結果注目に値するピュアな果実味をまとったワインの生産を実現することとなりました。
長年、英国航空のビジネスクラスワインとして採用されていた白ワイン(レゼルヴ白)ですが、そのピュアな果実味を実現する工夫が随所に隠れています。
例えば、畑は北向き斜面を選んでいます。これはブドウがゆっくりと成熟することで、糖度の急激な上昇を抑え収穫までにフレッシュ感をしっかりを残すことに繋がります。
また、通常一度でしかしないデブルバージュ(清澄)作業を、トゥール・ド・ミランボーでは二度行います。時間をかけて行うことで、クリーンでありながら旨味などの厚みを白ワインにもたらすことができます。この味わいが高い評価を受ける要因なのですが、一方で酸化や汚染のリスクが避けられない作業でもあり、多くのワイナリーでは敬遠されます。ミランボーの長年の経験と技術力が、このこだわりを守り続けることのできる糧となっています。
ボルドー内陸に位置し、広大なエリアに広がる産地アントル・ドゥ・メール。トゥール・ド・ミランボーが位置するのは、同エリア北部の境界にあたるドルドーニュ川沿いです。このエリアは川を挟んで、右岸の銘醸地でもあるサン・テミリオンに対峙する場所に位置します。地質学的には、ミランボーの位置するエリアはその昔サン・テミリオンと地続きであり、オーゾンヌなどの銘醸ワインを産む土地と同じ土壌を持っていることがわかっています。つまり、ミランボーはポテンシャルを秘めた畑を持っているのです!
2024年10月にボデガス・ベロニアの醸造責任者に就任したアレハンドロ・ロペス氏は、ラ・リオハ大学でブドウ栽培・醸造学を、ナバーラ大学で農学を学んだ後、ワイン醸造家やブドウ栽培家に有機農法に関する助言を行うことからそのキャリアをスタートさせました。チリ、イタリア、アメリカなど世界各国のワイナリーで20年以上にわたり経験を積み、リオハへ戻った後も、リオハ・アラベサやアーロの著名なワイナリーで醸造責任者・技術責任者として活躍を続けました。2018年にはデキャンター誌の「スペイン新進気鋭の醸造家トップ10」に選出され、「スペインのワイントレンドを牽引する新世代の重要人物でありリーダーである」と評されました。現在、アレハンドロはボデガス・ベロニアの新たなリーダーとして、その豊かな経験をワイナリーに注ぎ込んでいます。
アレハンドロの就任前、ボデガス・ベロニアは42年以上にわたりマティアス・カジェハ氏が率いてきました。マティアスは2023年のティム・アトキンMW「リオハ・スペシャル・レポート」で"伝説的な醸造家"として取り上げられたワインメーカーで、細部にまでこだわり抜いたワイン造りにより、数々の評価を得るワインを生み出してきました。革新的な技術の導入やサステナビリティへの強い信念を持ち「未来の世代のために、より良い、持続可能な世界を残すこと」に尽力してきました。アレハンドロはマティアスの後を継ぎ、50年以上の歴史を持つボデガス・ベロニアの新しい章を担います。「私たちはルーツと伝統を大切にしながらも新たな挑戦に取り組み、より洗練された、テロワールの個性を真に表現するワイン造りを続けていきます」とアレハンドロは語っています。
ボデガス・ベロニアのブドウ栽培・ワイン醸造哲学は、伝統、革新、そして環境への深い敬意に根ざしています。「ワインは友人と楽しむためのもの」という考えに基づき、リオハ地方のテロワールを反映しつつ、最新の技術を駆使して品質を高めながら、環境への影響を減少させることに重点を置いています。
2018年に建てられた美しく個性的な外観のワイナリー設備は、環境と景観に配慮して、なだらかな起伏が広がるリオハ・アルタの地形に溶け込むようにデザインされています。ワイナリー周辺の丘陵地帯は標高差が6~8メートルありますが、丘の斜面の高さの違いを利用することで、ブドウの搬入から醗酵、熟成の各段階へと重力の力でワインを自然に移動させる仕組みになっています。また、厳しいエネルギー効率基準に基づいて設計され、環境への負荷を最小限に留めるべく細部にわたって工夫されています。
・100%再生可能エネルギーの使用:ワイナリーは完全に再生可能エネルギーで運営され、二酸化炭素の排出量を大幅に削減しています。
2021年にはこの最先端の取り組みが評価され、世界の優れた建築デザインを表彰する「ワールド・デザイン・アワード(World Design Awards)」の「インダストリアル・アーキテクチャー(産業建築)」部門において、ベロニアのワイナリーが第1位を獲得しました。また2022年には、米国グリーンビルディング協会(US Green Building Council)が運営する国際的な持続可能建築の認証「LEED(Leader in Energy Efficiency and Sustainable Design)」にて、ゴールドを獲得した世界初のワイナリーとなりました。さらには、厳しい基準をクリアしたワイナリーにのみ与えられる「気候保護のためのサステナブルワイナリー(Sustainable Wineries for Climate Protection)」の認証も取得しています。
環境への投資は、リオハ・アルタの未来への投資でもあります。ボデガス・ベロニアにとって持続可能性は単なる流行語ではなく、ワイナリーのアイデンティティの一部であり、より良いワインを、より持続可能な方法で造ることに全力を注いでいます。生産のすべての側面に持続可能な手法を組み込み、未来の世代へと美しい自然環境を引き継ぐことを目指しています。このコミットメントにより環境を保護し続けることができ、ひいては未来の世代がワインを楽しむことができるのです。ベロニアのワイン造りは、単なる職人技の結晶ではなく、「友によって生まれ、友と楽しむためのワイン」という哲学の延長線上にあります。自然と伝統を尊重しながら、分かち合う喜びを大切にするワイン——それがベロニアの本質なのです。
スペインの新しい流れを象徴する醸造家、フアン・アントニオ・ポンセ氏により設立されたワイナリー。
もともとは代々ブドウ畑を所有しブドウ栽培を行ってきた栽培農家で、ピエ・フランコ(接木をしていないフィロキセラ禍以前の樹)の畑を多く所有。ワイナリー設立以前は、共同組合にブドウを販売していました。
現在のワイナリーは、2005年、オーナー兼醸造家のフアン・アントニオ・ポンセ氏により設立。10代の頃から畑で父親の手伝いをしていたフアン・アントニオは、ワイン造りへのアイデンティティーも早くから発見します。14歳から18歳までをレケナの栽培・醸造学校で学び、地元イニエスタの協同組合での醸造アシスタントを経て、2001年から2006年までの間、テルモ・ロドリゲスのもとで働きます。13地域に及ぶワインのブドウ栽培、醸造、熟成、瓶詰めに至る全ての工程の責任者として活躍し、テルモの右腕として大きな成長を遂げた彼ですが、どんなときも故郷マンチュエラにある畑を忘れたことはありませんでした。
やがてこの経験を通してある一つの考えにたどり着きます。それは「品種の純粋さに賭けるべきなのではないか」ということでした。そして2005年、24歳になった彼は、この想いに突き動かされ、かねてからの夢である地元でのワイナリー設立を決意。マンチュエラという2004年に新設されたばかりのマイナーな産地で地元品種ボバル100%のワインを造るという、新しい挑戦を始めました。
■“リリース直後から注目の的” 〜マンチュエラ、ボバルの代名詞に〜
「個性豊かなワインを造るには、畑では人の手による変化を最小限に止めることだ」と考えるフアン・アントニオにとって、ブドウ栽培における第一の師は父。鋤で畑を耕すこともせず、雑草を生やしたままにしていたり、収穫で大量のブドウを捨てたりする彼のやり方は隣人たちの非難や冷やかしにさらされ苦難のスタートとなりました。しかし、ワイナリー設立後わずか1〜2年で本当は誰が正しかったのか証明されることになります。
パリにも支店を持つマドリッド最大のワインショップ、LAVINIAに認められたフアン・アントニオ氏のワインは、瞬く間に国内外で注目の的になりました。LAVINIAをはじめとする高級ワインショップを通して、多くの高級レストランでも取扱いされている他、国内外のメディアでも頻繁に取り上げられています。また、リリース直後から専門誌で大変高い評価を集めていることも注目される点です。
地元への愛情とワイン造りへの情熱に溢れたフアン・アントニオは、当時まだ20代の若さながら既にボバル種の栽培において第一人者となり、注目が高まるボバル種とその醸造についての講師としても様々な勉強会に招待されるなど活躍の場を広げています。名も無き地元品種ボバルは、彼の手により『真の表現力』を開花させたといっても過言ではありません。マンチュエラという土地を愛しそこに根付いたボバルという品種を知り尽くしているからこそ、テロワールを尊重したワイン造りに情熱を傾ける、まさに職人的な造り手です。大きな可能性がどこまでも広がる、新しい世代の造り手です。